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札幌地方裁判所岩見沢支部 昭和34年(む)20号 判決

被疑者 桜田幸太郎

決  定

(被疑者氏名略)

右の者に対する傷害被疑事件について、昭和三四年一月一五日岩見沢簡易裁判所裁判官小林留吉のした勾留の裁判に対し弁護人南山富吉、同林信一から適法な準抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件準抗告を棄却する。

理由

本件準抗告の理由は別紙準抗告申立書中の理由部分の記載のとおりである。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

一、理由第三項について

勾留状には、被疑事実の要旨を記載しなければならないこと当然であるが、勾留状の被疑事実の記載に逮捕状記載の被疑事実を引用することも適法であつて、これをもつて勾留状を無効ならしめるものではない。けだし勾留状に被疑事実を記載することを要するとした法律の趣旨は、如何なる被疑事実について勾留するかを被疑者に知らしめることを目的としたものである。そして本件勾留状によれば、被疑事実として昭和三四年一月一〇日附逮捕状記載の被疑事実のとおりなる旨の記載があり、その逮捕状には被疑事実の記載がなされ、かつ被疑者が既に逮捕状の執行を受けるに際し、直接これを示されその被疑事実を知らされている。

従つて被疑事実の要旨に変更のない本件においては、勾留状に逮捕状記載の被疑事実を引用しても、勾留状自体により被疑者に如何なる被疑事実により勾留されるかを明示しないということはできないからである。

二、理由第二項の(1)について

勾留に対し犯罪の嫌疑がないことを理由にその取消を請求することのできないことは刑事訴訟法第四二九条第二項の規定により準用する同法第四二〇条第三項の規定により明らかである。従つて右は準抗告適法の理由とはならない。

三、理由第二項の(2)について

本件記録を精査するに、被疑者の住居をはじめ稼働先、家族等も明らかであるから被疑者が逃亡し又は逃亡すると疑うに足る相当な理由があるものとはいえない。従つて、これのみを理由として被疑者を勾留することは違法であるが、本件の勾留には、右の外被疑者が罪証を隠滅するに足りる相当な理由があることをその理由としている。そして本件被疑事実の性質及び態様並びに被疑者の供述と被害者、目撃者等の供述とが著しく相異している点等を併せ考えると、被疑者が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がないとはいえないから、これを理由とする勾留は適法で取消すべきものではない。

以上の次第で本件準抗告は理由がないから、刑事訴訟法第四三二条、第四二六条第一項により本件準抗告を棄却する。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判官 上坂広通 岩村弘雄 佐藤敏夫)

準抗告の申立

(被疑者・弁護人氏名略)

岩見沢簡易裁判所裁判官小林留吉が右被疑者の傷害被疑事件につき、昭和三十四年一月一五日附でなした勾留の裁判に対し次のとおり準抗告の申立をする。

申立の趣旨

岩見沢簡易裁判所裁判官小林留吉が被疑者桜田幸太郎にかゝわる傷害被疑事件につき、昭和三十四年一月一五日附でなした勾留の裁判はこれを取消す。

との裁判を求める。

申立の理由

一、岩見沢簡易裁判所裁判官小林留吉は、被疑者に係る傷害被疑事件につき、昭和三十四年一月一五日附を以つて勾留の決定を為し、右勾留状に基き同日右勾留が執行され、被疑者は現に勾留中である。

二、然し乍ら右勾留の裁判は左の理由により違法であつて取消さるべきものである。

(1) 罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がない。

被疑者は勾留状記載の如き被疑事実を犯していない。

右被疑事実たるものは荒唐無稽の且つ悪意ある作文に過ぎない、それは労働組合が憲法上保障されている団体行動(大衆交渉)を弾圧しようとする露骨な意図以外の何ものでもない。

従つて勾留についての、その他の要件についての判断をまつまでもなく取消さるべきである。

(2) 刑事訴訟法第六十条第二、三号所定の事由は存しない。

(イ) 罪証隠滅すると疑うに足りる相当な理由がない。

本件は旧臘十五日白昼、大衆の眼前で、公開の場所で偶発した所謂る大衆交渉の事に属する、然も右事件発生後一ヶ月を経過した今日、捜査官は数十名の者を参考人として取調べ済みである、勾留しなければ何が故に罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由が有するというのか、到底理解しうるところではない。大衆の目におおいをかけ、彼らの口を塞ぐことができるとでもいうのか、被疑者は目撃者でもある組合員等に対し統制力をかけうるほどの影響力ある地位にはなく、且又あることを、ないかの如く真実をまげるよう統制力を及ぼすことが可能と考えるなら、これ程労働組合と労働組合員を侮辱する話はない。のみならず目撃者の中には被害者側即ち使用者側の証人が多数おつたのであつて被疑者がこれらの者に対し到底罪証隠滅のための工作を施しうる限りでない。

即ち東京地方裁判所刑事一部が所謂る都教組事件の勾留請求却下に対する準抗告事件の決定にいえるように『……組織内における本件被疑者の地位にかんがみ、今更被疑者自身でどうこうすることもできない過去の問題であるか、被疑者自身には手の及ばない彼方の問題である』というべきである(同庁昭和三三、六、一六決定)

(ロ) 被疑者が逃亡すると疑うに足りる相当な理由は存しない。被疑者が逃亡するというが如きは考えうるところではない。被疑者は三菱芦別鉱に平安な家庭を有していて本件事案と引替に右家庭を捨て逃亡犯人となるが如きバカげたことをする道理がない。又炭鉱労働組合の組織に関する事案において被疑者が逃亡したという事例のないことは貴庁に顕著な事実と信ずる。これを要するに刑事訴訟法第六十条各号所定の事由は存しない。

三、本件勾留状は法定の記載要件を欠いていて無効なものである。

本来勾留状には公訴事実(被疑事実)の要旨を記載を要すること刑訴法第六十四条の明定するところである。

然るところ本件勾留状は、等しく逮捕状記載の被疑事実の通りとしてこれを引用するに止る、然し乍らかくの如き全然別個な令状の被疑事実を引用するが如きことは許されないところで、右のような勾留状は被疑事実の記載なきに等しいものというべきであつて無効たるを免れない。

四、右の次第であるから、被疑者をこれ以上拘禁するということは、被疑者の最も基本的な身体的自由権を日々奪いつゝあることとなる。

これを敢て勾留しつづけようとするのは被疑者の自白を強要するものといわなければならない、誠に勾留の威嚇によつて自白を強いているものであつて、その不当なること論外である。

而も本件は傷害事件である、傷害の程度は全治一週間の程度である、これまでわれわれが経験している市民事件としてみるなら、たかだか結果は起訴猶予か略式裁判の請求にとゞまる、そしてその捜査は任意捜査の原則を貫くであろう。

労働事件なるが故にこれを弾圧するための不当なる捜査が行はれていることは明白である。

原決定はこれを看過して、た易く勾留の裁判を為した。

速やかなる取消を求める次第である。

添附書類

一、上申書 一通

右申立てる。

昭和三十四年一月二十一日

右弁護人 林信一

同    南山富吉

札幌地方裁判所岩見沢支部

御中

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